CORSIA(国際航空のためのカーボン・オフセットおよび削減制度)は、航空業界における気候変動対策の取り組みであり、国際航空会社がカーボンマネジメントに取り組む方法を根本的に変革します。この制度は、航空による気候変動への影響に対応するための統一的な枠組みを提供するとともに、持続可能な成長に向けた明確な道筋を示しています。実施期限が迫る中、航空会社は、差し迫ったコンプライアンス要件と長期的な持続可能性目標の両方に対応する包括的な戦略を策定する必要があります。
本記事では、航空業界におけるCORSIAを効果的に導入・運用するための基本的な知識と実践的な方法を紹介します。ベースライン排出量の算出方法から、組織の気候変動対策目標に合致したCORSIAカーボンクレジットの戦略的な調達アプローチの構築までの理解を深めましょう。
CORSIAは、気候変動対策として導入された世界初の義務的かつセクター特化型の国際的市場メカニズムです。ICAO(国際民間航空機関)によって策定されたこの制度は、国際航空によるCO₂排出に対して、モニタリング、報告、オフセットの義務を組み合わせた包括的な枠組みを提供しています。
この制度は、航空業界の環境ガバナンスにおける根底からの変化を象徴しています。従来の国別の対応から、世界全体で統一された制度へと転換し、航空セクターにおけるカーボン・ニュートラルの実現を目指します。
図1:航空からの排出量とその他の世界のCO₂排出源の比較
ICAOは、国際的な気候政策の空白を埋めるためにCORSIAを設計しました。国内線の排出量は各国の政策で管理されますが、国際線からの排出は国家管轄外にあり、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)では効果的に対応できていませんでした。
CORSIAはこの問題を解決するために、ルートベースのアプローチを採用し、国境をまたぐ排出も国際的な枠組みで管理可能にしました。これにより、各国が独自に矛盾する制度を導入することによる市場の分断を防ぐことができます。
CORSIAは、航空業界とパリ協定に基づく気候変動対策との橋渡しの役割を果たします。パリ協定が各国の排出削減目標(NDCs)に焦点を当てているのに対し、国際線の排出はどの国のカーボンバジェット(地球温暖化による気温上昇を一定水準に抑えるために設定された、温室効果ガスの累積排出量の上限)にも明確には属しません。この課題に対処するために、CORSIAはセクター別アプローチを採用し、各国の気候対策と整合しつつも、航空の国際的な特性を維持する仕組みを構築しています。
この国際的な市場メカニズムにより、航空分野における排出削減の貢献は「測定可能・報告可能・検証可能(MRV)」となり、航空業界のカーボンニュートラルの実現と、より広範な国際的気候目標の達成を同時に支援します。
CORSIAのガバナンスは、多層的な協調体制によって構成されています。国際民間航空機関(ICAO)は、制度全体の技術的な指針や監督を担っており、そのガイドラインに基づいて、加盟国は自国の規制を通じてCORSIAを国内で実施。つまり、国レベルでの実施責任はICAO加盟国にあり、各国はICAOの要件に従った法的・制度的な枠組みを整備することが必要です。
航空会社などの運航者は、排出量のモニタリング、報告、そしてカーボン・オフセットの実施といった義務を負います。これらの活動を行うことで、第三者である認定検証機関によって検証され、報告されたデータの正確性と整合性を確保することが可能です。
このように、CORSIAはICAO、各国政府、航空機運航者、検証機関といった複数のステークホルダーが連携することで成り立っており、その制度設計はシカゴ条約の枠組みに基づいています。各国はICAOの技術要件を自国の法制度に落とし込む行動計画(State Action Plan)を策定し、実効性ある実施につなげることが求められています。
フェーズ | 期間 | 参加要件 |
パイロット | 2021–2023 | 国・航空会社ともに任意参加 |
第1フェーズ | 2024–2026 | 国は任意、航空会社は義務 |
第2フェーズ | 2027–2035 | 国・航空会社ともに義務 |
パイロットフェーズおよび第1フェーズ(2021~2026年)は、参加国間の国際線ルートに限定して適用されます。一方、第2フェーズ(2027~2035年)では、ICAO加盟国の大半が対象となりますが、後発開発途上国や小島嶼国など一部の国には免除措置が設けられています。
図2:CORSIAのフェーズと参加状況(2021〜2035年)
セクター成長係数(SGF)は、国際航空業界全体のCO₂排出量増加率に基づき、各航空会社のオフセット義務量を算定するための係数です。
パイロットフェーズおよび第1フェーズでは、対象となるフライトのCO₂排出量にSGFを掛けて義務量を算出します。この期間は個別の成長率は考慮されず、業界全体の成長率のみが反映されます。そのため、急成長している航空会社でも、業界全体の成長率が低ければ義務量が少なくなる一方、成長が緩やかな会社でも業界全体が伸びれば義務量が増えることがあります。
第2フェーズでは、SGFに加えて、個別成長係数(Individual Growth Factor、IGF)が導入されます。特に2033年以降は、義務量の計算がSGF85%+IGF15%の比率に変更され、会社ごとの成長率が一部反映されます。
CORSIAはルートベースのアプローチを採用しており、制度の適用対象となるかどうかは、出発国と到着国の両方がCORSIAに参加しているかによって左右されます。したがって、国際線であっても、いずれかの国が参加していなければ、そのルートはCORSIAの対象外です。この制度は、開発途上国の中でも特に開発が遅れている国(LDCs)、小島嶼開発途上国(SIDS)、内陸開発途上国(LLDCs)、および航空活動が極めて少ない国には特例を設けており、オフセット義務の適用が免除されます。
特に任意参加フェーズにおいては、国によって参加状況が大きく異なるため、航空会社がCORSIA適用の有無を考慮して路線計画を見直すなどの動きも見られます。このような地理的カバレッジの違いが、競争環境や運航戦略に影響を及ぼす要因となっているのです。
免除対象国のカテゴリー:
航空会社は、燃料消費量を追跡し、CO₂排出量を算出し、ICAOが承認する経路でデータを報告する、包括的なMRV(モニタリング・報告・検証)システムを導入することが必要です。排出量報告は、CERTツールを使用して毎年提出しなければならず、ICAOの技術要件への適合を示す詳細なCORSIAモニタリング計画によって支えられます。これらのシステムは、CORSIAが対象とするすべての国際線における燃料使用を網羅し、フライトごとの詳細な追跡と記録が求められます。
燃料モニタリングでは、すべての国際線フライトにおける燃料使用状況を詳細に追跡する必要があります。使用状況のデータは、燃料補給記録、フライトプラン、運航データなどが含まれます。CO₂排出量の算出は、ICAOが承認した係数を用いた標準化された方法論に基づき、燃料消費量を排出量に換算します。
航空会社は、排出量検証プロセスに対応するため、包括的な記録管理を行わなければなりません。必要な記録には、燃料購入の領収書、フライトログ、運航関連文書などが含まれます。報告には CERT ツール (ICAO CORSIA CO₂ Estimation and Reporting Tool)を使用し、標準化されたフォーマットで提出することで、運航者間の一貫性が確保され、規制当局による審査が円滑になります。
独立した検証機関は、ISOの厳格な基準を満たし、航空排出量の監査における技術的な専門性を証明が必要です。検証では、排出データの正確性、方法論への適合性、システムの信頼性が評価され、詳細な排出量監査基準に基づいて実施されます。
検証機関は、モニタリング計画の評価、データ管理システムの審査、そして現地訪問を通じて、排出データの整合性を確認します。このような独立検証により、規制当局に対する信頼性が高まり、航空会社にとっても自社の報告がCORSIA基準を満たしているという専門的な保証を得ることが可能です。
航空会社は、ICAOの持続可能性基準を満たす持続可能な航空燃料(Sustainable Aviation Fuels、SAF)を導入することで、CORSIAにおけるオフセット義務を軽減することができます。SAFの適格性は、ライフサイクル排出量の基準値や、環境面・社会面での持続可能性基準に基づいて評価され、実質的な環境メリットがあることが前提です。
航空会社は、以下のいずれかの方法でSAFの排出削減効果を算出できます:
この柔軟性により、航空会社は燃料選択を最適化しつつ、より正確な排出量管理を行うことが可能です。SAFの導入は、オフセット義務の削減だけでなく、航空業界内での実質的な脱炭素化(in-sector decarbonization)にも貢献します。
CORSIAの対象となる適格排出ユニット(Eligible Emissions Units, EEUs)は、厳格な品質基準を満たす必要があります。承認されたクレジットは、Verraの Verified Carbon Standard (VCS)、Gold Standard (GS)、Climate Action Reserve (CAR) など、ICAOがCORSIA適格として公式に承認したカーボンクレジット制度に基づいています。これらのプログラムは、追加性、永続性、モニタリングの厳格さといったCORSIAの要件に適合し、環境的な整合性が保たれているか定期的に審査されます。
CORSIAで承認されている主なカーボンクレジット制度:
図3:カーボンクレジットを生み出すプロジェクトの種類例
航空会社は、コスト・供給可能性・品質のバランスを考慮しながら、戦略的なクレジット調達方針を構築することが必要です。カーボンクレジット市場にはさまざまなプロジェクトの種類が存在しており、森林保全やクリーンクックストーブといった自然ベースのソリューションから、再生可能エネルギーや産業プロセス改善などの技術ベースのプロジェクトまで幅広く提供されています。
各プロジェクトタイプにはそれぞれ異なるリスク特性、価格帯、便益があり、航空会社は自社のサステナビリティ目標や予算制約に応じて慎重に評価することが求められます。
CORSIAにおける航空分野の環境基準では、追加性(additionality)、永続性(permanence)、そして対応調整(corresponding adjustments)が原則として重要視されています。特に、対応調整の仕組みにより、ホスト国がクレジットの輸出分を自国の温室効果ガスインベントリから差し引くことが必要です。これにより、国際的な移転における重複計上(ダブルカウント)を防止します。
これらの品質基準は、従来の自主的カーボン市場において懸念されてきたオフセットの信頼性の問題に対処するものであり、航空業界にとって規制上の確実性と信頼性を守ることにつながっています。
カーボンクレジットの価格は、自主的市場とコンプライアンス市場の両方からの需要増加を背景に上昇傾向が見られます。現在の市場分析によれば、CORSIAやその他の制度的プログラムによる需要増と、供給の制約が重なり、今後も価格上昇が続くと予測されています。
ただし、価格はプロジェクト開発のリードタイム、規制の変更、投機的取引といった要因によって大きな変動が生じる可能性があります。そのため、航空会社は長期的な調達戦略を構築し、供給の安定確保と価格リスクの管理を両立させることが重要です。
具体的には、ポートフォリオの多様化や先渡し契約の活用などを通じて、価格変動への対応力を高めることが推奨されます。
CORSIAは、パリ協定第6条との統合により、航空業界におけるカーボン・オフセットと国際カーボン市場の枠組みを接続する重要な役割を果たしています。第6条では、国際クレジット移転において「対応調整(Corresponding Adjustment)」を義務付けており、CORSIAで使用されるクレジットが各国の気候目標と重複計上されないようにすることが重要です。また、自主的カーボン市場の信頼性向上を目的とした「ICVCM(Integrity Council for the Voluntary Carbon Market)」は、Core Carbon Principles(CCP)を通じて品質保証の枠組みを提供しており、航空会社がクレジットを評価する際の指標として活用が進んでいます。
ICAOは、CORSIA適格クレジットの条件として、ホスト国からの認可書(LoA)取得を必須としています。しかし、多くのホスト国ではまだ対応調整(CA)およびLoA発行の体制が整備されておらず、現時点でCORSIAの要件を満たすクレジットは限定的です。
図4:ICAO、パリ協定(第6条)、ICVCMの関係性を示すカーボン市場の連結図
例えば、Offset8 Capitalがマラウイで展開するiRiseプロジェクトでは、森林再生とクリーンクックストーブの配布を組み合わせ、複数のSDGsに貢献する高品質なクレジットを創出しています。このプロジェクトは、CORSIA適格要件であるLoA取得と自主的市場の信頼性基準ICVCMのCCPラベルの両方を満たしており、航空会社にとって信頼性の高いオフセット手段を提供します。
このように、戦略的パートナーシップと品質基準の整合によって、環境インパクトと規制対応を両立するプロジェクトの設計が可能です。
CORSIAの導入にあたり、航空会社は複数の実務的課題に直面しています。特に、市場における深刻なクレジット供給不足が予測されており、対応の遅れにより調達が不可能になると懸念されています。国際排出取引協会(IETA)の調査によれば、現在有効な認可書(LOA)はわずか29件しか存在せず、CORSIAの全要件を満たすクレジットもわずか1,500万tCO₂e程度です。
さらに、CORSIAに適格なプロジェクトの多くはグローバル・サウスに集中しており、LoAの発行に前向きで体制が整っている国はごく一部に限られます。このような地理的・制度的な偏りが、航空会社の調達戦略やコンプライアンスコストに大きな影響を与える可能性があります。
図5:CORSIA価格予測。フェーズIの総コストは19億~70億米ドル、フェーズIIでは130億~1,090億米ドルに達する可能性がある。(出典:MSCI、Allied Offsets、ICAO、IETA)
航空会社は、CORSIAへの対応を単なる規制上の義務と捉えるのではなく、自社の持続可能性目標と統合した包括的なカーボンマネジメント戦略として位置づけるとよいでしょう。カーボンマネジメントには、CORSIAに特化したチーム体制の構築、モニタリング体制の整備、信頼できるカーボンクレジット供給者との関係構築などの取り組みが含まれます。CORSIAを経営上の戦略的機会として活用することで、業務の改善やステークホルダーとの関係強化が期待できます。
初期導入ステップ:
戦略的観点からの検討事項:
これらの戦略を通じて、航空会社はCORSIA対応を競争優位性に変える可能性を持つことができます。
Offset8 Capitalは、カーボン市場と高品質なクレジット調達における専門知識を活かし、航空会社がCORSIAに準拠しつつ、より広範な脱炭素目標を達成できるよう支援しています。当社はアブダビ・グローバル・マーケット(ADGM)に拠点を置く規制下の企業として、金融リターンと環境インパクトを両立する機関投資家向けのソリューションを提供しています。
Offset8は自然資本型ソリューションや地域開発との連携に重点を置いており、企業のサステナビリティ戦略に取り組みながらも、厳格な規制要件に対応可能なオフセット機会を創出します。
代表例が、マラウイにおけるiRise Carbonプロジェクトです。本プロジェクトでは、大規模な植林・再植林・再緑化(ARR)に加え、高効率クックストーブの配布を組み合わせています。ARRプロジェクトは、大規模なプロジェクトで長期的な気候変動への効果が期待されます。クックストーブの活動はCORSIAの要件を満たすクレジットです。クックストーブの配布数は、14万台から30万台へ拡大され、マラウイ国内の30万世帯以上の日常生活を改善し、400人以上の雇用創出にもつながっています。
CORSIAは、航空業界にとって初めて包括的に気候影響に責任を持つ枠組みであり、短期的な排出削減と、長期的な技術革新の双方を促す制度です。導入段階ではさまざまな課題や市場の不確実性に直面するものの、環境責任と経済合理性を両立する持続可能な航空の成長戦略を実現するうえで不可欠な基盤を提供します。
単なるコンプライアンスとしてではなく、戦略的機会としてCORSIAに積極的に取り組む航空会社こそが、ネットゼロ航空への移行をリードする存在となるでしょう。
免責事項
本記事は情報提供のみを目的としており、金融、投資、または規制に関する助言を意図したものではありません。Offset8 Capital Limitedは、ADGM FSRA(ライセンス番号:FSP No. 220178)の規制を受けています。本資料の内容について、その正確性または完全性について保証するものではありません。記載された見解はあくまで当社のものであり、予告なく変更されることがあります。
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フェーズごとに義務の範囲が異なります。パイロットフェーズ(2021〜2023年)と第1フェーズ(2024〜2026年)は国にとって任意参加であり、対象は参加国間の国際線ルートに限られます。第2フェーズ(2027〜2035年)では、ICAO加盟国すべてに対して義務化されますが、後発開発途上国(LDCs)や小島嶼国(SIDS)など一部の国には免除措置があります。なお、CORSIAはルートベースのアプローチを採用しているため、免除対象国を含むルートは制度の対象外です。
コストは、対象ルートの範囲、排出量、カーボンクレジットの価格によって異なります。業界の試算では、運航状況や市場の動向に応じて年間コストには大きな幅があるとされています。航空会社は、早期にクレジット確保(オフテイク契約)を行わないと、将来的に価格上昇による負担が増加し、コンプライアンスや収益性に深刻な影響を与える可能性があります。
EEUsとは、ICAOに承認されたカーボンクレジット制度(例:VCS、Gold Standardなど)から発行されたクレジットであり、追加性、永続性、厳格なモニタリングといった高い品質基準を満たす必要があります。航空会社は、これらのクレジットをCORSIAのベースラインを超えた排出量に対して償却(リタイア)することで、オフセット義務を履行することができます。