間断灌漑(AWD):炭素クレジットと気候変動への効果

記事
23. 07. 2025

近年、AWD(間断灌漑)はカーボンクレジット市場で注目を集めています。2025年には、フィリピンのAWD方法論が日本のJCM(二国間クレジット制度)にて承認されました。

しかし、多くの人がAWDの重要性、仕組み、影響などについて知る機会がなく、疑問を持っています。

本記事では、AWDの基本的な仕組みや従来の稲作との違い、気候変動へのメリット、主な導入地域、クレジット価格の動向、そして国際的な枠組みとの関係性などを解説し、AWDがカーボン市場において果たす役割を明らかにします。

AWD(間断灌漑)とは?なぜ重要なのか

AWD(間断灌漑)は、水稲栽培における節水型の灌漑技術であり、気候変動の緩和に有効な手法として世界的に注目されています。

従来の稲作では水田を常に湛水状態に保ちますが、AWDでは一定の間隔で排水を行い、土壌に酸素を供給した後に再び灌水します。断続的な灌漑により、メタンを発生させる微生物の活動が抑えられ、水田からのメタン排出量を大幅に削減できるのです。

近年、AWDはカーボンクレジットの創出の手段としても注目を集めています。AWDの節水技術は気候変動対策に貢献するだけでなく、農家にとっては気候に配慮した栽培によって新たな収入源を得る経済的なチャンスでもあるのです。

AWD(間断灌漑)の仕組み:従来の稲作との違いとメカニズム

AWD(間断灌漑)の中心的な仕組みは、従来のように水田を常に湛水状態に保つのではなく、定期的に水を抜いて一時的に乾燥させることにあります。灌漑によって、土壌に酸素が供給され、メタンを生成する微生物が必要とする嫌気性(酸素のない)環境が中断されます。

土壌に酸素が入り込むことで、メタン生成に関与する嫌気性菌の活動が抑制され、代わりに有機物を分解してもメタンを排出しない好気性菌の活動が促進されます。この微生物群集の変化により、水田からのメタン排出量が大幅に削減されるのです。

AWDでは、稲がストレスを受ける前に適切な水位で再度灌水を行うため、収量を維持しながら温室効果ガスの排出削減が可能になります。従来の湛水栽培での収穫量を維持しつつも、持続可能で気候にやさしい稲作を実現する技術です。

図1:AWD(間断灌漑)と従来の湛水稲作の比較

AWDの気候変動への意義と気候アクションにおける役割

図2:AWDが気候変動対策で果たす重要な役割

AWD(間断灌漑)は、気候変動への対応において多面的な役割を果たします。主な効果は、温室効果ガス(GHG)の排出削減、灌漑用水の利用効率の向上、農薬や肥料の流出削減による水質保全、稲わら焼却の回避による大気汚染の防止です。AWDは水田からのメタン排出を削減するだけでなく、複数の観点から気候変動緩和に寄与する農業技術です。

温室効果ガスの削減

IPCCの第5次評価報告書(AR5)によると、メタン(CH₄)は100年間で二酸化炭素(CO₂)の28倍の地球温暖化係数(GWP)を持っています。つまり、メタン1トンの排出を削減することは、気候への影響という点ではCO₂を28トン削減するのと同じ効果があります。

世界的に見て、稲作は主要なメタン排出源のひとつであるため、圃場レベルで導入可能なAWD(間断灌漑)は、気候変動対策として非常に実践的かつ有効な手法です。持続可能なコメ生産と温室効果ガス削減の両立を実現する手段として大きな意義を持ちます。

水資源の効率的な利用

AWDの大きな環境効果のひとつは、水資源を持続的に利用できる点です。水を一時的に排水し、適度な間隔で再び灌水するというサイクルにより、灌漑用水の使用量を15〜30%削減削減できると報告されています。

そのため、AWDは特に水資源が限られているアジアの稲作地域において大きな価値をもたらすのです。水使用量の削減は、揚水にかかるコストや燃料消費の削減にもつながり、結果として農家の収入向上にも寄与する可能性があります。

水質保全と農薬・肥料流出の軽減

AWDの導入によって、農薬や化学肥料の地表流出を抑える効果もあります。従来の常時冠水による稲作では、地表面を流れる水によって、窒素やリンなどの栄養塩類、農薬、堆積物が河川や水系へと流れ出し、水質悪化や富栄養化、生態系の撹乱を引き起こす原因となっていました。一部の研究では、AWDは常時冠水による稲作と比較して、窒素とリンの流出を約30%、農薬の流出を最大89%削減可能であると報告されており、水質の保全にもつながることがわかります。

稲わら焼却の回避と大気汚染の抑制

アジアの多くの地域では、稲わらの野焼きが大気汚染や温室効果ガス排出の大きな原因となっています。労働力不足や次の作付け準備を急ぐ必要から、収穫後に大量の稲わらが焼却されることが一般的です。この慣行によって、毎年およそ3億7900万トンのCO₂と68万トンのCH₄が排出されていると推定されています。AWDを含む持続可能な農業技術を導入することで、稲わら焼却の必要性を減らし、大気汚染と温室効果ガスの排出を同時に抑制することが可能です。

AWDは、稲の生育中に土壌の通気性を高め、好気性微生物の活動を活発化させます。有機物を分解する微生物が活性化することで、稲わらを土壌にすき込んでも、次の作付け準備に支障をきたすことなく、効率的に分解されやすくなるのです。AWDは稲わら焼却の実用的な代替手段となり、大気汚染と温室効果ガス排出の両方を削減するのに貢献します。

このようにAWDは、メタン排出削減、水資源の効率利用、水質保全、大気汚染防止といった多面的な環境メリットを持つ技術です。今後、温暖化対策に沿った農業技術が広く導入されていくことで、地域・国家・そして地球規模での気候変動緩和に大きく貢献できるでしょう。

主な実施地域と社会的なメリット

AWD(間断灌漑)は、アジアの主要な稲作地域、とくにフィリピン、インドネシア、ベトナムで急速に導入が進んでいます。

特に、2025年には日本のパートナー国との共同実施メカニズムである「二国間クレジット制度(JCM)」の下で、フィリピンにおけるAWDの方法論が公式に承認されました。この動きは、日本のカーボンクレジット関連企業によるAWD展開の加速を後押ししています。

AWDの導入が広がる中で、農家向けのトレーニング、現場でのモニタリング、地域調整に対する需要が高まり、農業支援事業者や民間企業にとって新たなビジネス機会が生まれています。プロジェクト開発や現場実装に関わる企業にとっては、大きな経済的ポテンシャルが期待されています。また、温室効果ガスの削減量に基づいてカーボンクレジットを発行するには、厳密な測定と分析が不可欠です。したがって、現地の大学や研究機関の参画が進み、科学的知見の向上や地域研究活動の活性化にもつながっています。AWDは、既存の灌漑システムを活用して水管理を変えるという比較的シンプルな手法であり、農家にとっても導入しやすく、実用的かつ拡張性の高い技術であるため、さらなる技術拡大が期待できるでしょう。

AWDは環境・経済・社会の3側面における持続可能性を高める重要なアプローチとして位置づけられており、将来的には地域開発や国際協力の中核的な戦略となる可能性を秘めています。

AWDクレジットの価格動向

AWD技術を活用したカーボンクレジットは、高騰し始めています。日本では、AWDに基づくクレジットが、政府監督下で行われている「J-クレジット制度」の下で発行されています。日本取引所グループ(JPX)のカーボン・クレジット市場日報の価格推移をもとに、AWDクレジット価格を見ていきましょう。

2025年7月時点のJ-クレジット価格一覧

AWDに関連するクレジットは、「農業(中干し期間の延長)」として分類されています。以下は同市場で取引されている代表的なクレジットの価格一覧です(2025年7月23日時点):

分類(J-クレジット)値段
農業(中干し期間の延長)3,600
農業(バイオ炭)40,000
森林4,700
省エネルギー4,900
再エネ(電力)4,700
再エネ(熱)4,700
再エネ(混合)1,990
再エネ(電力:木質バイオマス)4,700

表1:各カテゴリーのカーボンクレジット価格(J-クレジット制度、2025年7月23日時点、為替レート:1 USD = 150円)

AWD由来のカーボンクレジットは現在、1トンあたり3,600円で取引されており、他のカテゴリーと比較して中程度の価格帯に位置しています。

AWDクレジットの月別価格推移(2025年)

2025年初頭にJ-Credits市場にAWDクレジットが導入されて以降、その価格は以下のように推移しています:

図3:2025年7月23日時点のJ-クレジット制度におけるカーボンクレジット価格(為替レート:1 USD = 150円)

月(2025)値段
1月5000円
2-4月3000円
5-7月3600円

表2:2025年7月23日時点のJ-クレジット制度におけるカーボンクレジット価格(為替レート:1 USD = 150円)

当初の農業(中干し期間の延長)クレジットのローンチ後に価格は一時下落しましたが、5月以降再び上昇傾向に転じました。2025年の2月に、フィリピンにおけるAWD方法論が二国間クレジット制度(JCM)で承認されたことで、関心を高まった可能性があります。

AWDカーボンクレジットの価格は今後も上昇するのか?

AWDは、特に開発途上国において、水稲栽培からの排出削減に向けた実用的かつスケーラブルな解決策として注目を集めています。JCMなどの国際的な枠組みがAWDに基づく方法論を採用する中で、AWD由来のカーボンクレジットに対する需要と価格は今後さらに上昇することが期待されます。

AWDを導入するプロジェクトは、環境面でのインパクトだけでなく、カーボンクレジット市場を通じた経済的なリターンの拡大という面でも恩恵を受けられます。間断灌漑の効果が市場でより広く認知・評価されるにつれ、その価値は一層高まっていくでしょう。

AWDと国際的な認証枠組み

AWD(間断灌漑)は、国際的に認知されたJCM、 Verra、 Gold Standard、 T-Verで方法論が公開されています。主な認証スキームと方法論は以下の通りです:

これらの方法論を活用したAWDプロジェクトは、現在アジア各地で実施が進んでおり、世界銀行や国際機関、カーボンクレジット企業もその可能性に注目しています。

今後さらに多くの方法論が登録・改良されていく中で、AWDは世界的なメタン削減目標への貢献とともに、稲作農家にとっての持続可能な収入源として、より重要な役割を果たしていくと期待されています。

AWDの将来展望

AWD(間断灌漑)は、効果的なカーボンオフセットカテゴリーとして浮上しており、カーボンクレジット市場において注目度が高まっています。今後、その重要性はますます拡大していくと予想されます。

市場成長とクレジット価格の上昇

近年、制度的な支援や政策的な後押しが強まり、AWDを活用したプロジェクトの展開が加速しています。クレジットの創出には時間がかかるため、AWDクレジットの供給量は依然として限定的である一方で、カーボン市場やアグリビジネス分野からの需要は着実に増加しています。この供給と需要のギャップから、中長期的にAWDクレジットの価格は安定的に高値を維持する可能性が高いと考えられます。

投資家およびクレジット購入者にとっての戦略的価値

市場動向を踏まえると、今こそ投資家がAWDに注目し、調達戦略や投資パイプラインの構築を進めるタイミングと言えるでしょう。クレジット購入者にとって、AWDは農業、気候変動緩和、高インパクトなオフセットという3つの重要領域が交差する戦略的な新カテゴリーです。

農家にとってのメリット

AWDの導入は従来の慣行からの転換を伴うため、初めは抵抗をもつ稲作農家もいるかもしれません。しかし、AWDは、水使用量の削減、収量の維持、そしてカーボンクレジットによる追加収入という、複数の恩恵をもたらします。環境と経済の両面で持続可能性に優れた農業手法であり、さまざまな品種の稲作にも適応可能です。

今後は、国や地方自治体による補助金や技術支援へのアクセスも拡大すると見込まれており、農家にとってAWDは長期的なレジリエンスと競争力を確保するうえで、今まさに積極的に検討すべき有望な選択肢と言えるでしょう。

Offset8 CapitalによるAWDカーボンクレジット開発の支援

Offset8 Capitalは、アラブ首長国連邦アブダビに設立された炭素クレジット投資・管理グループです。COP28では、中東初のカーボン市場ファンド(目標規模2億5,000万ドル)を発表しました。

アフリカおよび東南アジアにおける自然を活用したソリューション(Nature-based Solutions)の資金提供を行うとともに、認証済みカーボンクレジットの納入に向けた前払い契約やオフテイク契約の形で資金提供を行っています。これらのクレジットは、CORSIAや各国排出量取引制度(ETS)、パリ協定第6条の国際的枠組み、またはボランタリー市場向けに販売されます。

Offset8 Capitalは現在、マラウイ最大の森林再生およびクリーン調理プログラム(iRise)やインドネシア最大規模のバイオチャーによる炭素除去プロジェクト(Sawa)など、複数プロジェクトの投資パイプラインを有しています。これらのプロジェクトはすべて厳格な検証プロセスを経ており、機関投資家が信頼性の高い、規制要件に対応したプレミアム・カーボンクレジットを取得できるよう保証されています。

免責事項
本記事は情報提供のみを目的としており、金融、投資、または規制に関する助言を意図したものではありません。Offset8 Capital Limitedは、ADGM FSRA(ライセンス番号:FSP No. 220178)の規制を受けています。本資料の内容について、その正確性または完全性について保証するものではありません。記載された見解はあくまで当社のものであり、予告なく変更されることがあります。

よくある質問

方法論によって異なりますが、一般的には再灌漑の前に土壌表面から15cm下まで水位を下げるか、水位を0cm(湛水なし)の状態で一定日数連続して維持することが求められます。どちらの方式も、プロジェクト実施前に定義される条件に従う必要があります。

いいえ、出穂期(穂が出る1週間前から開花後1週間まで)には排水を行うべきではありません。この時期は稲が水分ストレスに最も敏感であり、収量に大きな影響を与える可能性があります。AWDプロジェクトを導入する際には、導入前の収量と比較して収量が低下しないことも重要になるため、排水の時期には注意が必要です。

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