
中東(GCC)地域は、炭化水素輸出への依存からの脱却と国内経済の多角化を軸に、近年NDC(国が決定する貢献)の引き上げを続けています。アラブ首長国連邦(UAE)はMENA地域で初めてネットゼロ2050を公約し、サウジアラビアはVision 2030とサーキュラーカーボンエコノミーの枠組みのもとで大規模な排出削減目標を掲げました。オマーンも2050年ネットゼロを長期目標に据えつつ、2035年までの絶対量削減目標を新たに打ち出しています。本稿では、UAE・サウジアラビア・オマーンの3カ国について、Climate Target、排出削減の優先分野、Carbon Pricing制度、カーボンクレジット創出の機会、直近の政策動向を比較します。
GCC諸国は、炭化水素輸出への依存度が高い経済構造を共有しつつ、長期国家戦略のもとで経済多角化と気候変動対応を進めています。サウジアラビアのVision 2030、オマーンのVision 2040は、それぞれのNDCにおいて経済多角化と排出削減を結びつける枠組みとして明示的に位置づけられました。UAEは、2021年発表のNet Zero by 2050 Strategic Initiativeおよびその後継施策により気候戦略を進めています。3カ国共通の重視分野は、再生可能エネルギー、CCUS(二酸化炭素回収・利用・貯留)、グリーン・ブルー水素です。

UAEは2024年11月、第3次NDC(NDC 3.0)をUNFCCCへ提出しました。2019年を基準年とし、2035年までにGHG排出量を47%削減する目標を掲げています(基準年排出量196.3百万トンCO2eq、2035年目標103.5百万トンCO2eq)。条件付き・無条件の区分を設けない単一の国家目標として設定されている点が特徴です。長期目標としては2050年ネットゼロを掲げており、2021年にはMENA地域で初めてネットゼロを公約した国となりました。2024年1月には、長期低排出発展戦略(LTS)もUNFCCCへ提出済みです。
セクター別の内訳(2019年実績→2035年目標、削減率)は以下の通りです。
| セクター | 2019年(百万トンCO2eq) | 2035年目標(百万トンCO2eq) | 削減率 |
| 産業 | 92.6 | 68.0 | 27% |
| 運輸 | 30.2 | 24.2 | 20% |
| 廃棄物 | 4.8 | 3.0 | 37% |
| 建築 | 71.0 | 15.0 | 79% |
| 農業 | 4.2 | 2.6 | 39% |
UAEには、炭素税やETS(排出量取引制度)といった義務的な炭素価格付け制度(Compliance instrument)は導入されていません。一方、2024年6月には内閣決議第67号(Cabinet Resolution No. 67 of 2024)により、国内のカーボンクレジット登録・取引制度であるNational Register for Carbon Credits(NRCC)が設立され、同年12月28日に発効しました。年間50万トンCO2eq以上を排出する事業者(Scope1・2)には、2019年をベースラインとしたMRV(測定・報告・検証)とNRCC登録が義務付けられており、それ未満の事業者は任意で登録・クレジット取引に参加できます。制度の性質としては、炭素税やETSのような義務的な価格付けではなく、政府運営クレジット制度に分類されます。
なお、UAEは2023年4月、日本との二国間クレジット制度(JCM)二国間協力覚書に署名し、26番目のJCMパートナー国となりました。2026年時点では、UAE国内での登録プロジェクトや承認済み方法論はまだ確認されていません。
UAEでは、運輸(EV活用等の電動化)、エネルギー需要側(街路灯等の省エネ改修)、廃棄物発電・地域冷房、産業排出(直接空気回収等の技術実証)、AFOLU(砂漠地帯での植林・炭素吸収源)など、幅広いセクターでプロジェクトが組成されています。特に厚みがあるのは、廃棄物起源のエネルギー転換プロジェクトと、植林・炭素吸収源系のプロジェクトです。

サウジアラビアは2021年、更新版NDC(Updated First NDC)を提出し、2019年を基準年として2030年までに278百万トンCO2eq/年の排出削減・回避・除去を目指す目標を設定していました。2025年には第2次NDC(Second NDC)を提出し、将来の経済状況によって排出量の基準値そのものが変動する前提の「動的ベースライン」のもとで、2040年までに335百万トンCO2eq/年の削減・回避・除去を目指す目標へと引き上げています(対象期間2030〜2040年)。この目標は、GHG指標に加え、再生可能エネルギー拡大や約400万ヘクタールの土地回復・植林といった非GHG指標でも表現されます。長期的には炭化水素輸出収入を活用した経済多角化(Vision 2030)と両立する形での削減を志向しており、国際的な資金支援を前提としない自己財源型の目標である点、および現時点でパリ協定第6条に基づく国際協力メカニズムへの参加を留保している点が特徴です。
2021年10月、サウジアラビア王国は、2060年までにネットゼロを達成する目標を発表しました。これは、UAEおよびオマーンが掲げる2050年のネットゼロ目標とは異なるタイムラインです。この長期的な目標は、2040年までに年間3億3,500万トンのCO₂換算排出量を削減・回避・除去するという、同国の更新されたNDC目標を補完するものです。
サーキュラーカーボンエコノミー(Reduce・Reuse・Recycle・Removeの4R)を政策フレームワークの中核に据え、以下を優先分野としています。
サウジアラビアは、温室効果ガス・クレジッティング・オフセットメカニズム(GCOM:Greenhouse Gas Crediting and Offsetting Mechanism)を2023年に導入しました。GCOMは炭素税やETSのような義務的な価格付け制度ではなく、国内企業が自主的に排出削減・除去プロジェクトを通じてクレジットや証明書を発行・取引できる政府運営のクレジッティング・オフセットメカニズムです。他の義務的な炭素価格付け制度との関連はありません(Not applicable)。2025年にはVVB(妥当性確認・検証機関)の認定が開始され、2025年12月22日時点で複数のVVBが認定されています。
なお、サウジアラビアは2015年5月13日、日本との二国間クレジット制度(JCM)二国間協力覚書に署名し、13番目のJCMパートナー国となりました。
サウジアラビアでは、AFOLU(マングローブ植林等のブルーカーボン)、廃棄物処理(リサイクル・RDF等の廃棄物由来燃料化)、再生可能エネルギー(大規模太陽光発電等)を中心にプロジェクトが組成されています。国内クレジット制度GCOMの立ち上げと並行し、今後はプロジェクト供給が拡大していくでしょう。

オマーンは第3次NDC(NDC 3.0)において、2024年を基準年(総排出量93.6百万トンCO2eq)とし、2035年までに無条件で7%、追加的な国際支援を条件に26%、合計最大33%の絶対量排出削減を目指す目標を設定しました。従来のBAU(Business-As-Usual)比目標から絶対量削減目標へと算定手法を転換した点が、今回の更新の特徴です。長期目標としては、2050年ネットゼロを掲げています。
2024年のセクター別排出量はエネルギー79.6百万トン、IPPU(産業プロセス)10.5百万トン、AFOLU1.8百万トン、廃棄物1.7百万トンとなっており、エネルギー部門が総排出量の85%超を占めています。戦略的な脱炭素レバーとして、以下が優先分野です。
条件付き削減分は水素・CCUS等の技術導入に依存しており、国際的な資金・技術協力が今後のカギとなるでしょう。
オマーンには、炭素税やETSなど義務的な炭素価格付け制度は導入されていません。一方、エネルギー鉱物省傘下のOman Net Zero Centre(ONZC)は、温室効果ガスの排出量算定・管理を行う国内デジタルプラットフォーム「Meezan」を運営しており、IPCC手法・ISO14064シリーズに準拠したMRV(測定・報告・検証)機能を提供しています。Meezanは今後、国内カーボンクレジット市場との接続機能を拡張する計画です。
なお、オマーンは2026年4月9日、日本との二国間クレジット制度(JCM)二国間協力覚書に署名し、32番目のJCMパートナー国となりました。
オマーンでは、埋立地ガス回収、油田随伴ガスの回収・有効利用(フレアリング削減)、太陽光発電、ブルーカーボン(マングローブ再生等の沿岸生態系保全)など、化石燃料インフラに付随した排出削減プロジェクトの層が厚いことが特徴です。
| 比較項目 | UAE | サウジアラビア | オマーン |
| NDC目標年 / ネットゼロ年 | 2035年(ネットゼロ2050) | 2040年(ネットゼロ2060) | 2035年(ネットゼロ2050) |
| 削減目標 | 47%減(2019年比) | 335百万トン/年 削減・回避・除去(2040年、動的ベースライン方式、2019年基準) | 最大33%減(2024年比、無条件7%+条件付き26%) |
| 主要優先セクター | 産業・建築・電力水セクター | エネルギー効率・再エネ・水素・CCUS | エネルギー(再エネ・フレア回収)・IPPU(CCUS) |
| カーボンプライシング制度 | NRCC(クレジット登録制度、2024年12月〜) | GCOM(クレジッティング・オフセットメカニズム、2023年〜) | Meezan(MRVプラットフォーム稼働中、クレジット市場機能は拡張予定) |
| カーボンクレジット主要プロジェクトタイプ | 廃棄物起源エネルギー、EV/省エネ、植林 | 廃棄物リサイクル | 埋立地ガス回収、随伴ガス回収 |
出典: UNFCC | NDC Registry, Joint Crediting Mechanism (JCM)
GCC3カ国はいずれも、経済の多角化と気候目標を両立させる形で、気候変動対策への取り組みを強化していますが、その進展の内容には違いがあります。UAEは、2035年までに2019年比で47%の排出削減を目標としており、2024年連邦政令法第11号(Federal Decree-Law No. 11 of 2024)を通じて、NDCの遵守を法的義務としています。サウジアラビアは、2040年までに年間3億3,500万トンのCO₂換算排出量を削減・回避・除去するという、自国資金による目標を設定しています。一方、現時点では、パリ協定第6条に基づく国際協力への参加については留保しています。また、同国は2021年10月に2060年までのネットゼロ達成を目指すことを発表しており、これはUAEおよびオマーンの2050年目標より10年遅いタイムラインです。これは、炭化水素に依存する経済基盤を持つ同国にとって、より長い移行期間を想定したものです。オマーンは、排出削減目標の算定方法を、BAU比ベースから絶対排出量削減ベースへと変更しています。また、随伴ガス回収や埋立地ガス回収など、化石燃料関連インフラに関連する排出削減を中心としたアプローチを取っています。
3カ国とも炭素税やETSは未導入ですが、政府系クレジット制度(サウジアラビア:GCOM、UAE:NRCC、オマーン:Meezan)を相次いで立ち上げている点は共通しています。ただし成熟度には差があり、実際にクレジット取引が稼働しているのはGCOMのみで、他の2制度は立ち上げ段階です。また、3カ国とも日本とのJCMパートナー国ですが、UAE・オマーンにはまだ登録プロジェクトがありません。
投資家にとっては当面、自主的カーボンクレジット市場での機会が中心になるでしょう。次回NDC更新に加え、各国クレジット制度の稼働状況とJCM登録プロジェクトの有無が、今後のモニタリングポイントとなります。
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いいえ。3カ国とも、炭素税やETSのような義務的な炭素価格付け制度は導入していません。その代わり、3カ国とも政府運営のカーボンクレジット制度を立ち上げています。UAEのNRCC(2024年12月〜)、サウジアラビアのGCOM(2023年〜)、オマーンのMeezan(MRVが稼働中、カーボンマーケット機能は今後予定)です。
3制度とも、義務的な価格付け制度ではなく政府運営のカーボンクレジット制度ですが、成熟度には差があります。GCOM(サウジアラビア)は、2025年からVVB(妥当性確認・検証機関)の認定が進んでおり、確認できた情報の範囲では最も進んでいます。NRCC(UAE)は、大規模排出者を対象とした登録・MRVの義務化制度で、2024年12月から施行されています。Meezan(オマーン)は現在、排出量算定・MRVが中心で、カーボンクレジット取引機能は後の段階で計画されています。
はい。3カ国とも日本の二国間クレジット制度(JCM)のパートナー国です。サウジアラビアは2015年5月(13番目のパートナー国)、UAEは2023年4月(26番目)、オマーンは2026年4月(32番目)です。