宇宙の環境政策:スペースデブリ、大気への排出、EU Space ActとPEFCR4Spaceを解説

記事
07. 08. 2026

宇宙産業は、気候変動対策における「観測インフラ」であると同時に、それ自体が環境負荷を生む「排出源」でもあります。この二面性が、2025年から2026年にかけて政策的な焦点になりつつあります。

衛星観測データは、森林減少の監視、メタン排出源の特定、企業の排出申告の検証など、炭素クレジット市場の信頼性を支える基盤技術としての利用が拡大中です。

一方、ロケットの打ち上げおよび衛星の大気圏再突入は、成層圏を含む大気の全層に影響を及ぼす人為活動。温室効果ガス、ブラックカーボンなどの排出源となっています。

本記事では、宇宙ゴミと大気への排出、政策の現状、大気への影響、EUの政策であるEU Space ActとPEFCR4Spaceについて解説していきます。

「宇宙ゴミ」と「大気への排出」

宇宙のサステナビリティを議論する際、しばしば混同されるのが「デブリ(宇宙ゴミ)」と「大気への排出」です。両者は問題の性質も、現行の規制状況も大きく異なります。この分野の主たる懸念はデブリの蓄積ですが、大気への影響(炭素排出の増大)も新たに浮上している課題だと認識されています。

デブリ(宇宙ゴミ)大気への排出(BC、NOx、CO2など)
実体衛星、ロケット上段、破片などの物理的な物体燃焼で発生する化学物質・粒子
問題の性質軌道上での衝突リスク大気の組成・気候・オゾン層への影響
現行の規制FCCの5年デオービットルールIADCガイドラインEU Space Actのデブリ条項など、複数の制度が既に運用中EU Space Actの環境フットプリント申告義務が、ようやく法制化の途上にある段階

スペースデブリによる環境汚染には注目が集まっているものの、排出などへの規制はまだ比べると発達していないことがわかります。

現行の規制状況

図1:宇宙分野での環境政策

宇宙活動を規律する基本条約である宇宙条約(1967年)およびその関連条約は、打ち上げが年間300回を超える現在の状況を想定していません。排出やデブリに関する具体的な数値基準は、いずれの条約にも含まれていないのが現状です。

現行の統治構造は、拘束力の強さが異なる4つの層で構成されています。

主体・制度開始時期拘束力
国際ソフトローIADC(機関間デブリ調整委員会)ガイドライン2002年策定(2007年、2020年、2021年、2025年に改定)なし(自主、"encouraged"という推奨表現で構成)
国際ソフトローUN COPUOS 長期持続可能性ガイドライン2018年に内容合意、2019年に正式採択(A/74/20)なし(自主、"voluntary and not legally binding"と文書内に記載)
民間自主規制Net Zero Space宣言(パリ・ピース・フォーラム)2021年11月なし(自主誓約)
民間自主規制Sustainable Space Rating2016年発案、2021年より運用開始なし(格付け)
国内法米国FCC「5年デオービットルール2022年9月29日採択・発効(既存事業者には2024年9月29日までの猶予期間)あり
国内法フランス:宇宙運用法(LOS)+技術規則に基づくデブリ低減義務2008年6月制定・2010年12月施行(2011年3月技術規則で具体化、2024年6月に大規模改定)あり(違反時20万ユーロの罰金、国防関連違反は禁固3年+30万ユーロに加重メガコンステレーションには衛星数に応じ軌道離脱2〜5年の義務)
地域統合法EU Space Act(環境フットプリント申告義務)2025年6月提案、審議中(成立時期未定)将来的にあり(2030年1月1日適用開始見込み)

上段4層は、いずれも上記の「デブリ」問題への対処。「大気への排出」に対応しているのは、EU Space Actのみとなります。

大気への排出の実態:ブラックカーボン(すす)

図2:ロケット由来のすすによる気候冷却効果

ロケットの排出物のうち、よく話題に上がるのはブラックカーボン(すす)です。2026年5月にUCL(ロンドン大学)の研究チームがEarth's Future誌に発表した論文が、この物質の効果を定量化しました。

なぜ「すす」が問題なのか

ケロシン燃料のロケットが燃焼すると、すす(黒色炭素の微粒子)が発生します。地表付近で出るすすは雨で数週間のうちに洗い流されますが、ロケットのすすは成層圏・中間圏という高い場所に直接放出されるため、数年間大気中に残り続けます。この論文によれば、同じ質量のすすでも、ロケット由来のものは地表起源のものより540倍大きい気候への影響力を持つとされています。

すすには太陽光を吸収する性質があり、これが2つの逆方向の効果を生みます。

  • すすがいる成層圏そのものは、光を吸収して暖まります(瞬間放射強制力:+6.47 mW/m²)
  • その分、地表に届く光が減るため、地表側は冷却的に働きます(成層圏調整後放射強制力:-6.40 mW/m²)

イメージとしては、地球がサングラスをかけたような状態。すすの層(サングラスのレンズ)自体は太陽光を吸収して熱を持ちますが、そのぶん地表に届く光は減って、地表は少し暗く・冷たくなります。急増する衛星メガコンステレーション(同じ目的のために連携して働く、非常に多数の人工衛星の集まり)の打ち上げが、この効果の半分以上(瞬間強制力の56%)を占めています。

オゾン層への影響は現時点では小さいが、不確実性が大きい

2029年時点の推計では、全ミッション合計による成層圏オゾンの一次的な化学損失は0.018%にとどまります。モントリオール議定書対象物質による損失(約2%)と比べれば、約100分の1程度の規模です。ただし論文は、大気力学的な二次効果を含めるとこの数字は最大0.18%まで、メガコンステレーションの寄与も9%から最大33%まで拡大する可能性があると留保しています。

EU Space ActとPEFCR4Space

EUの宇宙環境政策は、大きく「EU Space Act」と「PEFCR4Space」という2つの取り組みで構成されています。前者が法的な義務を定める規則、後者がその義務を実際に運用するための技術的な物差しという関係にあります。以下、それぞれの特徴を見ていきましょう。

EU Space Act

2025年6月25日、欧州委員会は「EU Space Act」の規則案を提出しました。正式名称は「連合における宇宙活動の安全性、レジリエンス及び持続可能性に関する欧州議会及び理事会規則案」で、TFEU第114条(域内市場)を法的根拠とする拘束力のある規則です。

European Commissionによると、現在13の加盟国がそれぞれ独自の宇宙関連法を持っており、規制の分断が域内市場の機能を妨げているという問題意識から、安全性・サイバーレジリエンス・環境持続可能性の3分野を軸に、EU全体で認可要件を調和させることを目指しています。

環境分野については、Title IV Chapter III(第96条~第100条)が該当します。宇宙運用者(小規模企業・研究教育機関は2031年末まで免除)は、宇宙ミッションのライフサイクル全体(設計、製造、運用、廃棄段階)にわたって環境フットプリント(EF)を算定する義務を負い、認可申請の際には「環境フットプリント宣言(EFD)」を、適格技術機関による検証証明書とともに提出しなければなりません。算定に使ったデータセットは欧州委員会のEF関連データベースに送信され、集約データは公開されます。

ただし、この算定方法そのもの(具体的な計算式や基準)は規則案の条文には書かれておらず、欧州委員会が別途、実施法(implementing act)で定める設計になっています(第97条4項)。

現時点では欧州議会・理事会による通常立法手続きの審議段階にあり、成立時期は未定。規則案が想定する適用開始日は2030年1月1日です。

PEFCR4Space

PEFCR4Space」は、宇宙分野向けの製品環境フットプリントカテゴリールール(Product Environmental Footprint Category Rules)を開発するプロジェクト。欧州委員会の委託により、VITOが主導する外部コンソーシアム(PRé Sustainability、Ecomatters、Ecoinnovazione、Glasgow Caledonian University、NovaSpaceほか)が実施しています。

ベースとなっているのは、欧州委員会勧告2021/2279が定めるPEF(Product Environmental Footprint)/OEF(Organisation Environmental Footprint)手法です。これはEUが推奨するLCA(ライフサイクルアセスメント)手法で、原材料調達から製造、流通、使用、廃棄までの全ライフサイクルを対象に、環境性能を標準化された方法で測定する枠組みとなります。

プロジェクトの経緯は以下の通りです。

  • 2024年10月:技術事務局を設立し、対象範囲とモデリングルールを策定
  • 2025年1月:地球観測・衛星航法・衛星通信・軌道上輸送・打上げサービスの5分野でワーキンググループを設置
  • 2025年2~6月:外部レビューパネルを設置し、データ収集を開始
  • 2025年6~9月:支援調査への参加を募集
  • 2025年10~11月:第1次ドラフトの公開コンサルテーションを実施
  • 2026年:EF準拠データセットの開発と支援調査を本格化
  • 2027年:第2次ドラフトのコンサルテーションを経て、宇宙分野向けPEFCR最終版を公開

技術事務局は28の組織(打上げ・製造・運用の分野で欧州市場シェアの56%以上を代表)で構成され、欧州宇宙機関(ESA)も開発プロセス全体に積極的に関与しています。ESAが持つ「ESA LCAハンドブック」「ESA LCAデータベース」との調和も図られており、両者は「データ収集テンプレートの共通化」などの形で協力しています。

第1次ドラフトの対象範囲

第1次ドラフト(2025年10月公開)では、以下の6つのサービスカテゴリーが対象となります。

  • 地球観測サービス
  • 測位・航法・時刻サービス
  • 衛星動画サービス
  • 衛星接続サービス
  • 軌道上輸送サービス
  • 無人打上げサービス(地球から宇宙への輸送)

ただし、この段階では市場平均値のモデリングがデータ不足により部分的にとどまっているカテゴリーも存在します。

まとめ

宇宙産業は気候観測を支える一方、打ち上げ・再突入で温室効果ガスやすすを排出するという二面性を持ちます。「デブリ」規制はFCCやEU Space Actなど複数制度がすでに稼働していますが、「大気への排出」を扱う法的枠組みはEU Space Actの環境フットプリント条項のみで、拘束力のある国際条約は存在しません。

科学的には、ロケット由来のすすが地表起源より540倍の気候影響力を持ち、衛星メガコンステレーションがその過半を占めることが判明。オゾン層への影響は現状小さいものの、不確実性は残ります。

免責事項
本記事は情報提供のみを目的としており、金融、投資、または規制に関する助言を意図したものではありません。本資料の内容について、その正確性または完全性について保証するものではありません。記載された見解はあくまで当社のものであり、予告なく変更されることがあります。

FAQ

現時点ではありません。宇宙活動の基本条約である宇宙条約(1967年)は、現代のような打ち上げ頻度を想定しておらず、排出やデブリに関する具体的な数値基準も含まれていません。国際レベルの取り組み(IADCガイドライン、UN COPUOSガイドライン)はいずれも自主的なものにとどまり、法的拘束力はありません。

規則案が想定する適用開始日は2030年1月1日です。ただし2025年6月に提案されたばかりで、現時点では欧州議会・理事会による通常立法手続きの審議段階にあり、正式な成立時期は未定です。小規模企業や研究教育機関については、環境関連義務が2031年末まで免除されます。

2024年10月にプロジェクトが始動し、2025年10~11月に第1次ドラフトの公開コンサルテーションが実施されました。2026年にEF準拠データセットの開発を本格化させ、2027年に第2次ドラフトのコンサルテーションを経て最終版が公開される予定です。

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